見えない漏水を可視化する:ディープラーニングによるインフラ管理

Author:

リャムジン・ディミトリィ

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機械学習エンジニア
テクノロジーとAI
February 12, 2026

水は、社会にとって最も重要な資源の一つと言っても過言ではありません。河川や湖などの淡水、あるいは処理され供給される水もまた、私たちの生活と産業を支える不可欠な基盤となっています。現在、世界では年間350兆リットルもの飲料水が生産されていますが、そのうちの3分の1は消費者のもとに届くことなく、水道網のどこかで発生している漏水によって地中で失われています。

この損失の規模は、驚くべきものです。世界中の漏水量を合計すると、石油業界が1日に生産する原油の22倍に相当します。これを経済的損失に換算すれば、毎日約2億6,000万ドルもの価値が、ろ過や送水のプロセスの果てに、回収できずにいる計算になります。

漏水は、石油流出のように大々的に報じられ、ひと目で深刻さが伝わる環境汚染とはことなり、社会的な注目を浴びることは稀ですが、その実害は決して無視できません。膨大な経済的損失はもちろんのこと、インフラの欠陥は都市の安全を根底から揺るがす直接的な脅威となります。

その恐ろしさをもの語る例が、2025年にタイのバンコクで起きた大規模な道路陥没事故です。原因は、地下で人知れず続いていた漏水でした。水道管の亀裂から漏れ出した水が、長い時間をかけて道路下の土壌を侵食し、気づかぬうちに地盤の強度を奪っていたのです。突如として出現した巨大なシンクホールは、多くの人々の命を危険にさらしただけでなく、都市のインフラ機能に甚大な影響を及ぼしました。

(Photo by Pornprom Satrabhaya / Bangkok Post)

徹底した管理体制のもと、高度な漏水検知システムを備える原油パイプラインい対し、水道網の現場は対照的です。1バレルあたりの価格が高く、規制も厳しい原油と違い、水は軽視されがちであり、その結果として数ヶ月もの間、特定されないまま漏れ続ける「サイレントリーク」が常態化しています。

‍この漏水を突き止める手法は、今なお属人的な方法から脱却できていません。専門チームが現場へ赴き、地面の下から響く漏水音をマニュアルで聞き取るという、極めて忍耐強い作業が続けられています。いわば、巨大な都市の地面に聴診器を当て、微細な異音を探し歩くようなものです。このリソースを要するプロセスを効率化し、わずかでも捜索エリアを縮小することは、貴重な時間の節約のみならず、何百万ガロンもの処理済み飲料水の損失を食い止めることを意味します。

課題:限られたデータから知見を導き出す

バンコクの複雑な給水ネットワークを管理する Sense Info Tech Co., Ltd. は、利用可能なデータが少ないという課題を抱えていました。具体的には、核給水区域に1つしか設置されていない流量センサーのデータのみを用いて、漏水を検知・特定する必要があったのです。

この限られた環境下で、既存のセンサーデータを活用し、従来の人手に頼る調査をより効率的なものへ進化させるかが、プロジェクトの大きな目標となりました。

この課題に対し、私たちは過去のセンサーデータにディープラーニングを適用し、AIによる漏水検知および特定メカニズムを構築しました。検知システムは、流量データの推移から通常の変動とは異なる漏水特有のパターンを識別するように学習されています。また、特定システムは、その漏水がネットワーク内のどこかで発生しているかの確率を算出します。

3ヶ月のパイロット運用では、調査が必要なエリアを33%削減することに成功しました。これにより、迅速な修繕対応が可能となり、無収水の抑制に大きく寄与しています。

以下、このソリューションの設計および構築のプロセスについて説明します。

静的リスク評価から、動的な異常検知へ

従来の漏水検知の多くは、静的なリスク要因に依存していました。例えば、「古い配管である」あるいは「亜鉛メッキ鋼管が使われている」といった条件から、破損しやすい場所を予測する手法です。しかし、この方法ではリスクの高い場所は特定できても、いつ、どこで配管が破損したのかをリアルタイムに把握することはできません。

この課題を解決するため、私たちは静的な分析から動的な検知へとシフトする必要があると考えました。

‍私たちが立てた仮説は、配管が破裂した際に発生する「一過性のシグナル(圧力波)」に着目することです。この波形は水道網全体に伝搬し、特有の痕跡を残します。この見えないシグナルを捉えるため、既存のインフラである遠隔監視装置から得られる流量と圧力のデータ活用し、過去のメンテナンス記録と照らし合わせることで検証を行いました。

ソリューション:2段階のAIパイプライン

1. 検知:水圧の「鼓動」を捉える(Bi-LSTM)

まず、漏水が発生した正確な瞬間を特定する必要があります。私たちは、水圧と流量のデータを時系列データとして処理しました。

  • 技術:アテンション・メカニズムを搭載した双方向超短期記憶 (Bi-LSTM) ネットワークを採用。
  • プロセス:センサーデータの72時間ウィンドウをスキャンし、アテンション・メカニズムが特定の波形パターンを重点的に抽出します。これにより、日常的な使用量の変動と、実際の漏水を区別します。
  • 結果:主要なテストエリアにおいて、ベースラインの50%を大きく上回る、72.67%の精度で漏水イベントを識別しました。

2. 特定:波紋をマッピングする(PCA + KNN)

LSTMによって発生時刻が特定された後、その前後100分間の圧力波形を抽出します。この波形の形状を解説することで、場所を絞り込みます。

  • ハイブリッド・モデリング:最終的に、これらの動的信号と、管路の静的特性をロジスティック回帰による重み付けモデルを統合し、最終的な位置を予測します。
  • 特微量抽出:主成分分析(PCA)を用いて、複雑な波形データをその形状を象徴する5つの主要コンポーネントに圧縮しました。
  • グラフ補間:k近傍方(KNN)アルゴリズムを用い、抽出した波形の特徴を管路網の物理的なグラフ構造上にマッピングしました。

3. 検証:実データとの比較

このプロジェクトで最も重要なのは、モデルの予測が現実のデータと一致することを証明することでした。そこで、過去の修繕記録(GIS座標)を正確データとし、一個抜き交差検証(LOO法)を実施しました。

  • その日のセンサーデータのみに基づいて漏水場所を予測。
  • 予測された地点と、実際の修繕記録上の座標との物理的な距離を測定。
  • 1つの地点をテストデータ、それ以外を訓練データとするプロセスを、すべての漏水箇所に対して繰り返し検証しました。

検証結果:調査範囲の絞り込み

  • ランダム捜索:AIを用いない従来の調査では、漏水箇所の特的に必要な捜索半径は平均476.9メートルでした。
  • 提案AIモデル:圧力波形解析と管路のリスク要因を組み合わせることで、平均捜索半径を316.6メートルまで短縮することに成功しました。

今後の展望

捜索半径を317メートルまで絞り込めたことは大きな進歩ですが、私たちはさらなる精度向上を目指しています。今回の知見から、純粋なデータ駆動型モデルにはセンサーの設置密度による限界があることが分かってきました。

次のステップは、物理学に基づいたAIの導入です。流体力学の法則をニューラルネットワークに直接組み込むことで、特定の管路網における圧力波の伝播をより正確にシミュレーションできるようになります。このハイブリッドなアプローチにより、特定精度をさらに高め、水道事業の水資源・コスト・時間の節約をさらに加速させます。

本ソリューションは水道網だけでなく、石油やガスのパイプラインへも自在に転用可能です。微細な漏洩が甚大な環境汚染や法的リスクに直結するエネルギー産業において、この動的な圧力波解析は極めて有効な防護策となります。

現在、世界中でインフラの老朽化が進行しており、都市部における大規模な道路陥没などは、発生後の対応だけでは限界があります。RecursiveのAIフレームワークは、インフラ管理を発生してからの対処ではなく、リスクの事前抑制へと変える可能性を秘めています。大規模なインフラ事故を未然に防ぐ仕組みを構築することは、経済的損失を抑えるだけでなく、都市機能の安全性を長期的に確保する上で、極めて重要な意味を持ちます。

‍世界レベルのエンジニアとビジネスチーム

Google DeepMindの元シニアリサーチエンジニアによって設立されたRecursiveは、各分野で世界レベルの人材を集め、成果へと繋げています。

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