Recursive流:AIを活用した地下水汚染の拡散予測と防止対策

AIRecursive2025-07-23

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地下水の保護はなぜ大切なのか?

地下水は、日々の暮らしに欠かせないきれいな水を我々に提供してくれます。地域社会を潤し、豊かな農業を育み、そして産業活動を支える、かけがえのない資源です。しかし一度汚染されてしまえば、その影響は計り知れません。有害な化学物質による健康被害から生態系への深刻なダメージ、そして高額な費用をかけても元には戻せない、取り返しのつかない事態を招きます。公衆衛生や自然環境を守るためにも、私たちの飲用水でもある地下水を守り、徹底的に管理することは重要な課題です。将来的にも、安定した水資源を確保し、次世代へ豊かな地球を引き継ぐためには必要不可欠なことだと考えています。

例えば、新たな工業施設を計画する際、周辺地域の水に関する潜在的なリスクを適切に評価することが重要です。産業由来の漏出がある場合には、1年後、5年後、10年後に汚染がどのように広がるかを予測し、地域住民への影響を最小限に抑えるための効果的な対策を講じる必要があります。

しかし、地下水中の溶存物質(硝酸塩、PFASなど)を高精度で測定するには、多大な費用を要します。我々の市場調査(1, 2, 3)によれば、定められた深さ(通常、地表から数十メートル)で濃度測定をするために井戸を掘削する費用は、1本あたり最大5,000ドルに達します。このため、現在、限られた範囲の測定からでも地下水中の汚染分布を正確に再現できる技術が強く求められています。

こうした課題に対し、Recursiveは独自のAI技術でソリューション開発を行います。限られたポイントの濃度測定値から汚染源を特定し、調査対象地域全体における汚染レベルを高精度に推定する、AIベースの地下水汚染モデルを開発しました。

モデルの仕組み

本モデルの分析プロセスは、まず既存のデータを活用することからスタートします。具体的には、全国水文環境データベースが公開している水文環境図地下水観測データベース の"Well Web"といったデータリポジトリから、その地域の主要な水文特性(図1に示される透水係数など)を取得します。このように、データセットからデータを収集するほか、可能な範囲でクライアントから直接データをご提供いただくこともあります。

図1.本ソリューションの概念図。専門的な水分データと、クライアントから取得する現場の測定データをAIモデルに取り込むことで、汚染源を正確に特定し、さらには将来的な汚染の広がりや動きを高精度に予測します。これにより、クライアントの汚染管理における効果かつ迅速な意思決定を強力に支援します。

こうしたデータにより、AIモデルの判断基準を決定し、汚染物質が地下水中をどのように移動するかを正確に予測することを可能にします。

続いてその地域の基本的な特性を把握し、クライアントが現地で実際に測定したデータを使い、AIモデルをその具体的な汚染事例に合わせて調整します。これにより、モデルがより現実に近い予測をできるようになります。

例えば、図2では、平らな土地で汚染物質がどのように広がっていくかをシミュレーションしています。このシミュレーションでは、実際の状況に近い設定を用いています。具体的には、水の圧力の差(圧力勾配)や、砂利と土が混じった地面によく見られる水の通りやすさ(透水係数)などを考慮しています。これは、山に近い平地で工場から汚染物質が漏れ出したケースを想定したものです。

図2. AIモデルによる地下水中の汚染物質拡散シミュレーション。赤い球体は汚染の発生源を示す。色付きの等濃度面は、汚染物質の濃度が同じレベルにある場所を表しています。マゼンタ(最も濃い色):1.0 mg/L、緑:0.5 mg/L、青:0.1 mg/L、赤:0.02 mg/Lの濃度を示している。図中の矢印は、地下水の流れる方向と、その速さ(流量)を視覚的に示している(q=−K∇pq = -K∇pq=−K∇p, m/日)。

シミュレーションでは、クライアントが無作為で取得した測定データを用いて、汚染源の特定を試します。平坦な地形における汚染物質流出という設定で、現実的なシナリオを想定しています。

測定地点はランダムに設定可能で、わずか10地点以下の測定で約40メートルの位置特定精度が見込まれます。

本モデルは、これらの数少ない測定データを活用し、汚染の特性と、その発生源として最も可能性の高い位置を推定します(図3)。

さらに、このモデルはさまざまな水理特性に対応できるようトレーニングされており、多様な地下水の分布、流動、そして地層の不均一性にも柔軟に対応可能です。

図3. AIモデルが汚染源を特定するプロセス。① データ測定:任意の地点に設置された観測井(黒)で汚染物質濃度を測定(緑の円)② AI解析と確率推定:AIモデルが測定データを解析し、汚染源の存在確率を色で表示します。ピンク(低)、緑(やや低い)、青(やや高い)赤(高い)③ 結果と精度:実際の汚染源(赤のワイヤーフレーム)は、モデルが予測した高確率領域に非常に近く、モデルの高い特定精度を示しています。

汚染源が特定された後は、モデルが対象地域全体の汚染分布を再構築し、将来的な拡散を予測します。これにより、漏出物の除去、あるいはその他の対策について、次のステップを効果的に計画することが可能になります。

ユースケース:モデルの応用範囲

Recursiveのモデルの強みは、その高い汎用性にあります。ここでは、主な活用例を3つの視点(産業分野別、ビジネス目的別、水資源管理・法規制対応別)からご紹介します。

【産業分野別】

  • 農業分野:

- 硝酸塩や農薬といった農業由来化学物質の地下水への流出挙動を詳細にモデル化

- 地下遮蔽壁などによる流出抑制策がどれほど効果を持つかを正確に評価し、最低な対策立案を支援

  • 鉱業分野:

- 重金属やシアン化物といった有害物質の地下水への流出挙動を詳細にモデル化

- これにより、鉱山排水の処理・処分策の効果的な設計と評価を実現

  • 産業排水:

- 有機溶剤や石油系炭化水素など、産業排水に含まれる汚染物質の地下水中での挙動を詳細に分析

- 封じ込め策や各種処理技術の有効性を事前に検証し、リスクを低減

  • 新興汚染物質(CECs):

- 医薬品、マイクロプラスチック、PFASといった、近年注目される新興汚染物質の複雑な挙動や変質プロセスをモデル化。未知の汚染リスクにも対応します。

  • 放射性廃棄物:

- 地下処分場からの放射性物質の長期的な移動を予測

- これに基づき、人体および環境への滞在的なリスクを客観的に評価

  • 栄養塩類の移動:

- 地表水系の栄養塩(リン、窒素)の移動をシミュレーションし、富栄養化(藻類の異常繁殖、酸素欠乏)といった環境問題の発生メカニズムを解明

- 対策の結果検証と将来のリスクの予測に貢献

  • 埋立地管理:

- ライナー破損位置の特定や、浸出水の拡散シミュレーションを通じて、地下水汚染を未然に防ぐための効果的な管理を支援

  • CO₂地中貯留(CCS):

- 地下深部へのCO₂注入とその後の挙動を正確にモデル化し、貯留の安全性と効率性を評価

  • 地熱エネルギー:

- 地下水系における熱移動プロセスをシミュレーション。地熱発電プラントなどの設計・運用最適化に貢献(※より高度な工学的要素も考慮可能)

【ビジネス目的別】

Recursiveのモデルは、環境負荷の低減や汚染対策といったビジネス目標の達成に直結する幅広いユースケースで活躍します。これらの適用例は、前述のどの産業分野においても適用可能です。

  • 対策設計・最適化:

- ポンプ&トリートメント(揚水浄化)や透過性反応バリア、自然減衰モニタリングといった対策手法の設計から最適化までを支援

- 複数の対策シナリオを比較し、費用対効果が最も高い最適な手法を選定

- 汚染プルーム(汚染域)を効果的に封じ込め、あるいは抽出するための観測井戸配置や揚水量を最適化

- 地中壁の最適配置を計算することで、汚染物質の拡散を確実に抑制

  • 長期モニタリング:

- モニタリングネットワーク(観測井、IoTセンサー、リモートセンシングなど)の設計を最適化し、汚染プルームの移動状況と対策効果を経時的に追跡

- 将来の汚染物質濃度を予測することで、長期的な対策の有効性を評価し、戦略的な意思決定をサポート

  • ブラウンフィールド再開発:

- ブラウンフィールドとは、かつて工業利用されていたものの、現在は放棄・未活用状態にあり、汚染またはそのリスクを抱える土地を指します。

- こうした土地の再利用を推進するため、汚染の範囲を正確に把握し、必要となる浄化措置の評価を支援します。

  • 汚染源の特定:

- 汚染プルームの発生源を迅速かつ正確に特定し、汚染の原因者や影響範囲を追跡

【水資源管理・法規制対応別】

以下は、地下水の持続的な利用・保護や法的なコンプライアンス支援を目的としたユースケースです:

水源保護条例の設定(Wellhead Protection):

  • 公共水道用井戸の周辺に保護区域を設定することで、汚染リスクを最小限に抑え、安全な水供給を保護

帯水層貯蔵および回収(ASR:Aquifer Storage and Recovery):

  • 帯水層への注水の移動や混合をシミュレーションすることで、水の貯留および回収の効率を最適化
  • さらに、注入水と在来地下水との間で起こりうる地球化学反応の可能性を事前に評価し、長期的な安全性を担保

許認可取得の支援:

  • 廃水放流や地下注入など、地下水に影響を与える可能性のある活動に関する許可申請プロセスを強力にサポート
  • 地下水保全に関する法令遵守を証明するための、客観的かつ信頼性の高い技術的根拠を提供することで、スムーズな申請を可能に

規制判断の支援:

  • 地下水管理や保護に関する政策・規制の意思決定を、データに基づき科学的に支援
  • 新たに提案される規制が地下水の質に与える影響を予測・評価することで、より合理的で効率的な規制導入に貢献
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Dmitry Lyamzinさんの顔写真

Machine Learning Engineer

Dmitry Lyamzin

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